貧者の聖女マザーテレサ、カトリック聖人推戴!

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貧者の聖女マザーテレサ、カトリック聖人推戴!

19年ぶり...生前の人気に基づいて「快速」の大人の仲間入り13カ国の首脳などに出席...サンピエトロ広場周辺のセキュリティ強化
(バチカン市=連合ニュース)ヒョンユンギョン特派員=「貧者の聖女」と呼ばれ、貧困者と疎外された者の世話に一生を捧げたマザー・テレサがカトリック成人の仲間入りに上がる。
法王庁は4日午前(現地時間)、バチカンサンピエトロ広場でフランシスコ法王司会でマザー・テレサの列聖と列聖ミサを挙行する。

マザー・テレサがカトリック成人になるのは、彼が貧しい者のために献身であるインド東部コルカタで1997年9月5日腺腫してから必ず19年ぶりだ。

カトリック聖人になるためには、複雑な手続きと長くは何世紀に及ぶ過去の一年が必要ですが、マザー・テレサは、生前に享受した大衆的な人気と前・現職法王の格別の配慮のおかげで、異例の迅速聖人隊列に合流することになった。

1979年にノーベル平和賞受賞者である彼女は、カトリック教団を超え、20世紀をひっくるめても、最も象徴的な人物の一人に数えられる。

マザー・テレサと深い友情を交わした教皇ヨハネ・パウロ2世は、このような理由から、マザー・テレサが腺腫してからわずか2年で列福手続きを開始、2003年にマザーテレサを伏せ字に推戴した。

福者の胸に上がるための必須要件である奇跡的には、1998年にマザーテレサに祈って、上記腫瘍を治癒されたものと知られているインドの女性モニカベルサイユの事例がカトリック教団によって認められた。

法王庁は続いて、昨年12月に多発性脳腫瘍を患っていたブラジルの男性マル載る場合アンドリー・ニュー(43)が、2008年にマザーテレサに祈った後、完治したことをマザー・テレサの第二の奇跡に認められ、フランシスコ法王は今年3月、マザーテレサの推戴を公式決定した。マザー・テレサの人生そのものはカトリックが目指す慈悲の象徴になるだけでなく、フランシスコ法王も即位の時から「貧しい教会」に戻ることを強調してきたことだ」慈悲のジュビリー」に合わせマザー・テレサの列聖を開くことにしたものと解釈される。

フランシスコ法王が昨年12月18日宣言してくる11月20日幕を下ろす」慈悲のジュビリー」の絶頂とされるマザー・テレサの列聖には、全世界で約10万人の信徒が集まると予想される。

2回目の奇跡を証言して列聖を早めブラジルの男性アンドニューも妻と一緒に参加する。リオデジャネイロでエンジニアとして働く彼は列聖を控えバチカン記者団を相手にした会見で、「2008年の脳疾患で病院で生存の可能性がほとんどないとしたが、手術の直前に頭痛などの症状がスッキリ消え、手術をせず、数ヶ月後に、日常に復帰した」とし「このすべてがマザー・テレサに祈ったおかげで信じている」と述べた。

アンドリー・ニュー氏はまた、薬物の後遺症などで妊娠が難しいという医師の予想を破って子供も2人を産んで育てているとマザー・テレサに感謝を表した。

列聖には、マザー・テレサがほぼ一生を捧げ役立つインドができシュウマイスワラージ外交長官など政府閣僚12人を代表使節団派遣し、13カ国の首脳とバチカン駐在外交公館関係者も席を一緒にする。

今年に入ってバチカンに最多人波が殺到することが予想されることによって、サンピエトロ広場周辺のセキュリティもぐんぐん強化された。

イタリアの警察3000人、サンピエトロ広場とローマ市内の主要地域に配置されて対テロ取り締まりを広げる中で、サンピエトロ広場に接続されている車道が全面遮断された。広場の周りの上空はこの日の昼の間の飛行禁止区域に指定されてイタリア空軍の監視を受ける。

マザー・テレサ列聖を控えて3日、バチカンサンピエトロ広場で開かれたボランティアのための一般的な謁見に参加したフランシスコ法王[AP通信]

教皇庁傘下のバチカンラジオは英語、イタリア語、フランス語、スペイン語など、普段使用している6カ国語に加えて、マザー・テレサの母国語であるアルバニアでも列聖を生中継する。

マザー・テレサは、現在ではマケドニアの首都だが、当時はオスマントルコに属していたスコピエでアルバニア系親元から生まれた。

1928年にアイルランドで修道女の生活を始めた彼は翌年インドに進み、約20年の間にインドの学生に地理科目を教え込む1950年「愛の宣教会」を立てて貧民、孤児、死を控えた人など疎外された人々のために捧げられた。彼が設立した「愛の宣教会」は、現在130カ国以上で貧困救援活動を行っている。

一方、マザー・テレサが貧者の生活を根本的に向上させるデエヌン関心を払っていないまま、単純スローガンだけ重点を置いて、独裁者が渡した慈善基金を無批判的に収容するなど、限界を抱えていた見方も存在する。また、彼はヒンドゥー教を信じるインド人をカトリックに改宗しようとした「宗教的帝国主義者」だった批判する声もある。

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